mixiで、「老猫と暮らしています」というコミュに入っています。もう一緒に暮らしては居ないので僕の場合正確には暮らしていました、となりますが。
そのコミュに少し前に「嫌な予感」というタイトルでトピックが立ちました。結婚して実家を出た際に、それまで一緒に暮らしていた猫を実家にそのまま残してきたところ、猫が一気に体調を崩してしまいこのままだとまずいのでは?という内容。
僕も転職で引っ越した際に際に似たような状況になり、結局うちの猫はそれで亡くなってしまったのでこの人とその猫のことがすごく気になって、マメにそのトピをチェックしていたのですが、今日のお昼頃、やはり亡くなってしまったそうです。
その猫は19歳で普通に老衰で亡くなってもおかしくない歳なので、直接的な死因はやはり老衰と言うことになるのかもしれません。うちの猫も14歳でしたからそれなりの歳で、やはり死因としては老衰なんだと思います。体調を崩してから何度も医者に見せましたが、特に病気などの兆候は見当たらないとのことでしたし。
たぶんある程度歳をとってからの猫は、愛情を食って生きているんだと思います。だから愛情を感じる人が身近に居なくなってしまうと、エネルギーが足りなくて一気に老けてしまうのかも。うちの猫も、僕ら夫婦と暮らせなくなったのがすごくストレスだったんだろうと思います。
今でも、彼のことを思うと後悔の念でいっぱいになります。なんであのときこうしてやれなかった、ああしてやれなかった・・・って思いでいっぱいです。
猫はたぶん世間一般で思われているよりも、すごく愛情深い動物です。犬は人につき、猫は家につくなんて言う言葉もありますが、そんなの猫に失礼です。犬だって猫だって、きっと自分が大切に思う人と一緒にいたいんです。
今、猫を飼ってらっしゃる方々には、最後まで離さないでいてあげてほしいなあ、と切に願うしだいです。
仲良くなると言葉遣いって変わりますよね、丁寧語から、もっとくだけた、いわゆるタメ口へ。それは仲良くなる過程で、相手とこちらの立場の違いも考慮しつつ、だんだんと推移していくものだと思っていました。
でもどうやら最近は少し違うようで、こちらが丁寧語で話していると「まず敬語止めません?」って言われることがあります。相手と仲良くなるのに、言葉が丁寧すぎると壁を作っていると思われる傾向があるみたい。方言を使うような場面ではそれに拍車がかかります。
「仲良くなる⇒タメ口・呼び捨て」という図式はもちろん昔からありますが、今はそれが「タメ口・呼び捨て⇒仲良くなる」って順番に変化してしまってるのかなと思います。これってネットのせいかもしれません。ネットでは全てが対等ですからね。
実は常々それを感じてはいたんですが、つい先日、ネットワークゲームの中の、チームメイト募集の募集要綱の一行に「敬語禁止」と謳われているのを見るに付け、ああ、そういう時代なんだなと強く感じました。
僕は人と話すとき相手がどんな立場であっても最初は必ず丁寧語で、その後付き合い方次第でだんだんと変化していくことはあっても、割とぎりぎり最後まで丁寧語を使いたがるほうです。仲良くなってお互いに名前を呼び捨てにしたり、●●ちゃんとかネットゲーム内だと●●タンとか呼ばれることもありますが、僕は最後の最後まで丁寧語。
昔から浅く広く付き合うのが苦手なほうですが、現代のそういう風潮は、僕の付き合いの狭さに拍車をかけているような気がします。でもたとえネット経由でも初対面に近い相手にタメ口はなあ・・・僕の周りは年下ばかりで、僕が躊躇するほどみんなきっとそういうの気になってない、というか常に丁寧語なのが逆にひっかかってるかもしれないです。でもやっぱり無理かなあ。
コミュニケーションはやはりなかなか難しいです。

諫早の白木峰高原と言うところにコスモスを撮りに行ってきました。ここはコスモスの名所として有名みたいで、長崎の人のブログをいくつかブックマークしているんですが、その人たちがこぞって取り上げていたのもあって、ちょっと行ってみようかと思ったんです。
でも残念ながら最盛期は逃していたようで、しぼんで種になりかけたものも多く混ざってます。正直微妙・・・人も多くて、僕の嫌いな類のゴカゾクヅレがうようよしていて、ちょっと辟易として帰途に着きました。
帰り道、残念だったねえと妻と話しながら車を走らせていると、本明川の河川敷に結構な量のコスモスが咲いているのが目に留まりました。行きにも気づいてはいましたが、どうも今見るとこっちのほうがいい感じに咲いているような気がします。河川敷に寄ってみることにしました。
近くに行ってみるとこちらはすごいコスモス。今が最盛期のようです。色はやや限定されるものの、今日見てきた白木峰のコスモスよりも勢いがあって綺麗でした。
他にも白木峰からの帰り道らしき人たちが入れ替わり立ち代りやってきます。どうやら彼らも今日の白木峰のコスモスでは満足できなかったようです。
このコスモスは河川敷の管理者(この場合国土交通省?)の方たちが植えたんでしょうか。夏にヒマワリ畑を見たときにも思ったんですが、単純な営利目的ではないこういう場所ってとてもありがたいな、と思います。白木峰のコスモス畑もたしか有志で運営されていて、利用者は管理費としての100円を任意で払うのみです。
マナーを守って、用意してくれた景色を楽しむ。それが彼らの気持ちに報いることになるのかなと思います。感謝の気持ちも忘れずに。訪れたゴカゾクヅレを見ていると、最近の親御さんたちは特にその辺考えてほしいな、と強く思います。
というかおまえら騒ぐだけなら出て行け、と言いたい気持ちをいつもぐっとこらえています。





