そこそこ歳をとりまして、記憶力なんかももっと若い頃に比べるとおぼつかなくなってきました。一瞬前のことでもうっかりすぽっと抜けてしまったり、話そうとした内容にしっくりと来る言葉が咄嗟に出てこなくて困ることがあります。今コレを書いてる瞬間にさえうまく浮かばなかったりします。
日本語(と言うほど他の言語を知ってるわけではないですが)って長い長いセンテンスをまとめて一語で表す言葉が割と多かったりします。同じ状況を表す形容詞でも微妙に違う状況に応じた言葉が存在し、きちんと使いこなせば細かな解説をすることなくシンプルに状況を伝えることが可能なわけですが、僕は結構それを魅力的に感じ、そういう機能的ともいえる言葉を使って話すのが好きです。
でも前述のように歳をとってなんだか脳の働きに翳りが見え、かつ、本(=活字)を読む量が明らかに減っていて、日常的に使用する言葉の幅がどんどん減ってきている気がします。相手と話してて、その瞬間にはまる適切な一語が出てこないとき、とても悔しくて、それに近い平易な言葉で説明を交えて少し長く話せば伝わることでも、なんとかその言葉を導き出そうとして結局出てこなくて、「え~え~」となったりします。とても残念。
そういう意味では、歳、取りたくないなあ・・・もっと日常的に、少し難しめの日本語を読んだほうがいいですね。がんばろう。
FONってご存知でしょうか。簡単に言うと家庭のワイヤレスインターネット接続を参加者で共有しあってアクセスポイント増やしましょうという、言うなればアクセスポイント増加プロジェクトのようなものです。自分の回線を無線LANスポットとして登録すれば、同じように登録して公開している他の人の回線を無料で使用することができます。※有料で公開して自分が使う際にもお金を払う形や、公開はせず、お金を払って一方的に使うなどの形もありますが、日本ではまだ未対応のようです。
さて、このサービスが日本でも始まったのは知っていたのですが、基本は人々の善意に根ざしたプロジェクトなので(いや、一応等価交換とはいえますが、自分の回線を開放すると言う時点で嫌がる人がいそうだな、という意味です)、それほど広がらないんじゃないのかなあ・・・と斜めに見ていたのですが、ふたを開けてみると結構な広がり具合です。
アクセスポイントがこちらから検索できるんですが、なんと長崎にも既に何人か利用者がいらっしゃいます。長崎の利用状況はこんな感じです。
これ、なんかすごくないですか?
もともと僕はネット依存症と言ってもいいくらいなんでもネットで解決してしまうほうなのですが、実際情報を得る手段としてインターネットの便利さは比類無く、いつでもどこでもインターネット、というカタチにかなりあこがれています。
少し前に無線LAN機能のついたノートPCを買って、出先で少し使ってみてその便利さに驚いたわけなんですが、都心部に比べて地方ではホットスポットは皆無に等しく、長崎の市街地なんて確か2箇所しかないんです。ましてや僕の住んでいる郊外の住宅地では・・・。
大手のISPが提供するホットスポットはNTTに依存するし、フリースポット等の類似プロジェクトは設置によるメリットが主に「集客」などに限られるからか、市街地では法人が比較的多数導入しているものの田舎ではやはりイマイチ盛り上がらず。「どこでもインターネット」は無理なのかな、と感じていました。
そう思っていたところにこのFONの登場。期待してしまいます。きっと、同じように感じてる方はいらっしゃると思うんです。そういう人たちがちょっとだけお金を出して(設置の際にルーター代が2000円ほどかかるのです)FONのネットワークを作っていくことで皆が利便性を共有するってなんだかすばらしくないです?
まあ上のように書くとちょっと偽善者ぽいかもしれませんが、FONの場合は自分が提供することで人の回線を利用する権利を手に入れるってのが肝かなと。
でもまあ色々とグレーな問題はあるらしいのです。そもそも個人使用という前提で契約しているISPの回線を広く提供していいものかどうか、とかそういう感じの。あと日本は携帯でのウェブ閲覧がかなり発達しているので、そんなん携帯でいいやん、っていう雰囲気もあるかなあとも思います。でも、でも、正直携帯で文字打つのすごいダルイです。PCの代用品というか、簡易ネット接続手法として便利だとは思いますが、僕は基本的にPC派。
ってことで、みんなでFONやりましょう。うちはADSLなので回線が心配なのですが、いずれにしろ回線の遅さはそろそろまずいと思っていましたし、光への乗換えなども含めてちょっと検討することにします。
あ、DS好きな人も是非。いつでもどこでもDSでネット対戦って面白く無いですか?
あるフォトブログ。仕事中にふと見出したら止まらなくなって、ずっと見てました。40分くらいかかりました。
色々考えてて。昔は意図して見てなくて今日初めて全部ちゃんと見たんですよね。自分が居た場所で流れた別の時間がそこにあって切なくなりました、僕は関われなかったので。
写真の何枚かが驚くほど自分の写真に似てて、しかも自分の写真はその写真に及んでなくて、ああ、僕はこの人のようになりたいんだな、と改めて思い、なれなかった原因を考えてみるも全てが原因っちゃ原因で、拒絶、というかなじまなかったのはきっと僕の方、関われなかったのは全て主に僕のせいなんです。
今までの生き方にしても、その間の時間にしても後悔はどんだけしてもしたりないけど、でも生きていきますよ。細々とでも。
意味わかんないすよね。すいません。





